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のんびり中学生をめぐるあれこれ

子どもをめぐるあれこれを母が書いています

入れ物としての学校

学校の見学に行くと、職業柄?つい建築計画やデザインの方に目が行ってしまいます。

アプローチの様子にはじまり教室の配置や特別教室群との関係、講堂などなど非常に興味深く、私の場合は学校見学の楽しみの大きな部分を占めます。

図書館が生徒の動線上にあって居心地が良さそうなのはいいですよね。また、職員室が開放的なのも学校の方針を示していると思います。(逆の場合は、単に昔ながらの学校建築であるということかもしれませんけど。)キリスト教系の学校の講堂では美しい空間にうっとりしてしまう事もあります。そういえば、講堂の舞台の背面がガラスになっていて、その向こうの雑木林が見えているという学校もありましたが、これはこれで気持ちよい空間でした。カトリック校では講堂だけではなく聖堂があるところもありますが、きっと自分に向き合う時間を持つのだと想像してみたり。また、僧院風の中庭的空間などは、こういった静謐な空間で6年間を過ごすうちに子どもの原風景になるのではないかとも思います。

逆に都心の学校では狭い敷地に積み上がったように計画された学校もあったりで苦労されているなあと思う事もしばしば。また、なぜかファサード(建物の正面の顔)だけに苦労の跡があったりエントランスだけに不思議な豪華空間があると、学校の内容とは別とはいえ少々ひいてしまいます。

教室については昔と変わらず方形の部屋に机が並ぶ教室が廊下に沿って一列に配置されている学校がほとんどですが、中には廊下側がワークスペースになっていたり、その先が吹き抜けになっていたりという例もありこれらは使い方の自由度や空間体験という意味で生徒の生活が豊かになると思います。これまでに見学した中では一つだけ教科ごとに教室のまとまりがあって、生徒側が毎時間教室を移動する学校がありましたが、教育効果はどうなのか聞きそびれてしまいました。。

学校を見るたびにそこでの学校生活をを想像して楽しんでいますが、もちろん環境だけで学校を決める訳には行きません。入れ物はそこでどういった活動がなされるか、感性がどのように磨かれるかといったことに大きな影響を与えると思いますが、やはり教育の方向性と日々の実践、先生方やお友達などがもっと大切だろうなあと思います。

3年ほど前にブータンの学校を見学する機会があったのですが、古い住宅を利用した学校建築としては相当に不便そうな施設で、先生方の創意工夫やプログラムの組み立て方により本当に創造的で素晴らしい教育をしているのを目の当たりにしました。その時、建築は助けにはなっても何より人が大切!ということを強く感じました。

しかし、、すぐそこに迫る中学受験にどうやって当てはめるのか、むずかしい。。